Wednesday, March 08, 2006

電報為替(がわせ)

旅情を慰める為に、曾根が東京から持って来た書籍(ほん)は机の上に置いてあった。それを曾根は取出した。旅に来ては客をもてなす物も無かったのである。その曾根が東京の友達から借りて来たと言って、出して見せたような書籍は、以前三吉も読み耽(ふけ)ったもので、そういう書籍の中にあるような思想に長いこと彼も生活していた。この山の上へ移ってから、次第に彼の心は曾根の愛読するような書籍から離れた。折角の厚意と思って、三吉はその書籍を手に取って見た。しかし、彼は別の話に移ろうとした。こうして彼が曾根の宿へ訪ねて来たのは、他でもなかった。彼は平素(いつも)曾根の口から聞く冷い刺すような言葉を聞きたくて来たのである。自分の馬鹿らしさを嘲られたくて来たのである。 意外にも、その日の曾根は涙ぐんでいるような人であった。何となく平素(いつも)よりは萎(しお)れていた。「小泉さん、ここへ被入(いら)しって御覧なさい――まあ、ここまで被入しって御覧なさい」 曾根は窓に近い机の側へ行って、そこに客の席を作ろうとしたが、三吉は辞退した。「ここで沢山です」と三吉は答えて、新しい巻煙草に火を点(つ)けた。 柱には、日蔭干(ひかげぼし)にした草花の束が掛けてあった。曾根は壁のところに立って、眼を細くしてその花束を嗅(か)いで見せた。親しいようでも、何処か三吉には打解けないところが有るので、やがて曾根も手持無沙汰に元の席へ戻った。彼女は、二度まで三吉の家を訪ねて世話に成ったことを考えて、何卒(どうか)して客をもてなしたいという風で有った。林檎(りんご)などをむいて勧めた。二人の雑談は音楽のことから、ある外国から来ている音楽者の上に移った。「先生がこう申しますんです」と曾根はその年老いた音楽者のことを言った。「曾根さん、貴方は宗教(おしえ)を信じなければいけません、宗教を信じなければ死んだ後で復た御互に逢(あ)うことが出来ませんからッて――死んで極楽へ行く積りも御座いませんけれど、逢えませんでは心細う御座(ござい)ますねえ……」 間もなく汽車の時間が来た。三吉は宿の主人に頼んで、車を用意して貰うことにした。「今日は学校から直(じか)に汽車に乗ってやって来ました」と三吉が言った。「御宅へ黙って出ていらしったんでしょう……」と曾根も気の毒そうに苦笑(にがわらい)した。「何卒(どうぞ)、御帰りでしたら、奥さんに宜敷(よろしく)……」 家の方のことは妙に三吉の気に掛って来た。それを言出した時ほど、彼も平気を装おうとしたことは無かった。三吉は曾根に別れを告げて、復た霧の中を停車場の方へと急いだ。 日暮に近い頃、三吉は自分の住む町へ入った。家の草屋根が見える辺(あたり)まで行くと、妙に彼の足は躊躇(ちゅうちょ)した。平素(ふだん)とは違って、わざわざ彼は共同の井戸のある方へ廻道して、日頃懇意な家の軒先に立った。別に用事も無いのに、しばらくそこで近所の人と立話をした。その日の空模様では浅間登山の連中もさぞ困るであろうなどと話し合った。ちらちら燈火(あかり)の点く頃に、三吉はブラリと自分の家へ帰った。 こんな風に、断(ことわり)なしで外出した例(ためし)は三吉に無いことであった。直樹は山の上で一夜を明す積りで出掛けたので、無論夕飯には帰らず、夫婦ぎりで互に黙ったまま食卓に対(むか)って食った。妻の気を悪くした顔付を見ると、三吉は話して差支(さしつかえ)の無いことまで話せなかった。 夕飯の後、お雪は尋ねた。「曾根さんは未だ居(い)らっしゃいましたか」 この問には、三吉は酷(ひど)く狼狽(ろうばい)したという様子をして、咽喉(のど)へ干乾(ひから)び付いたような声を出して、「私が知るものかね、そんなことを」 と思わず知らずトボケ顔に答えた。三吉はウソを吐(つ)かずにはいられなかった。そのウソだということを自分で聞いても隠されないような気がした。 その晩、夫婦の取換した言葉は唯(たった)これぎりであった。物を言わないは言うよりか、どれ程苦痛であるか知れなかった。直樹は居ず、三吉は独りで奥の蚊帳の内に横に成りながら、自分で自分の為(す)ることを考えてみた。気味の悪い蚊帳は髪に触って、碌(ろく)に眠られもしなかった。 十二時過ぎた頃、お雪は寝衣のままで、別の蚊帳の内に起直って、「御休みですか」 と声を掛ける。三吉の方では返事もせずに、沈まり返っていた。お雪の啜泣(すすりなき)の声が聞えた。「貴方、御休みですか」 と復た呼ぶので、三吉は眠いところを起されたかのように、「何か用が有るかい」「何卒(どうぞ)、私に御暇を頂かせて下さい」 お雪は寝床の上に倒れて、声を放って哭(な)いた。「明日にしてくれ……そんなことは明日にしてくれ……」 こう三吉はさも草臥(くたぶ)れているらしく答えて、それぎり黙って了った。身動きもせずにいると、自分で自分の呼吸を聞くことが出来る。彼は寝床の上に震えながら、熟(じっ)と寝た振をしていた。そして耳を澄ました。お雪は泣きながら蚊帳の外へ出て、そこいらを歩く音をさせた。畳がミシリミシリ言う。箪笥(たんす)が鳴る。三吉は最早疑心に捕えられて了って、その物音を恐れた。そのうちに、蚊帳の内に寝かしてあった子供が泣出した。三吉は子供の傍の方で妻の歔泣(なきじゃくり)の音を聞くまでは安心しなかった。 浅間登山の一行は翌日の午前に成って帰って来た。直樹は好きな高山植物などを入口の庭に置いて草鞋(わらじ)の紐(ひも)を解いた。「兄さんにチョッキを借りて行って、好い事をしました――寒くて震えましたよ」 こう直樹は三吉の顔を眺めて言った。山登りをした制服も濡(ぬ)れ萎れて見えた。この中学生は払暁(あけがた)に噴火口を見て、疲れた足を引摺(ひきず)りながら降りて来た。 直樹を休ませて置いて、三吉は何処(どこ)へという目的(めあて)もなく屋外(そと)へ歩きに行った。お雪の言ったことに対しても、何とか彼は答えなければ成らなかった。 午後に成って、三吉はスタスタ歩いて帰って来た。彼は倚凭(よりかか)って眺め入っていた田圃(たんぼ)の側(わき)だの、藉(し)いていた草だの、それから岡を過(よぎ)る旅人の群などを胸に浮べながら帰って来た。家へ戻ってみると、直樹は疲労(つかれ)を忘れる為に湯に行った留守で、お雪は又、子供を背負(おぶ)いながら働いていた。彼女は、「お暇を頂かせて下さい」と言出したに似合わず、それ程避けたい生活を送っている人とも見えなかった。三吉は自分の部屋へ行った。机の上に紙を展(ひろ)げた。 曾根――旅舎(やどや)の二階の壁のところに立って、花束を嗅いで見せた曾根の蒼(あお)ざめた頬は、未だ三吉の眼にあった。「吾儕(われわれ)は友達ではないか――どこまでも友達ではないか――互に多くの物に失望して来た仲間同志ではないか」この思想(かんがえ)は、三吉に取って、見失うことの出来ないものであった。 ここから三吉は曾根へ宛てて最後の別離(わかれ)の手紙を書いた。「――あるいは、これを好しとみ給うの日もあるべきかと存じ候」と書いた。 この長く御無沙汰するという手紙を、三吉はお雪を呼んで見せた。それから、彼はすこし改まったような、決心の籠(こも)った調子で、こう言出した。「お断り申して置きますが、僕の家は解散して了いますから」「ええ……どうでも貴方の御好きなように……私は生家(うち)へは帰りませんから」 とお雪は恨めしそうに答えた。 何故夫が曾根への手紙を見せて、同時に家を解散すると言出したかは、彼女によく汲取(くみと)れなかった。で、その手紙のことに就いては、「そんなことを為(な)さらないたッても可いでしょうに……」と言ってみた。 その時、お雪は不思議そうに夫の顔を熟視(みまも)って、「誰も暇が貰いたくて、下さいと言うものは有りゃしません」と眼で言わせていた。復た彼女は台所の方へ行って働いた。 湯から帰って来た直樹は、縁側に出て、奥の庭を眺めた。庭の片隅(かたすみ)には、浅間から採って来た植物が大事そうに置いてあった。それを直樹は登山の記念として、東京への好い土産だと思っている。 この温和(すなお)な青年の顔を眺めると、三吉は思うことを言いかねて、何度かそれを切出そうとして、反(かえ)って自分の無法な思想(かんがえ)を笑われるような気がした。「直樹さん、すこし僕も感じたことが有って、吾家(うち)は解散して了おうかと思います」と三吉は話の序(ついで)に言出した。 直樹は答えなかった。そして、深い溜息(ためいき)を吐いた。常識と同情とに富んだこの青年の柔嫩(やわらか)な眼は自然(おのず)と涙を湛(たた)えた。「君はどう思うか知らんが」と三吉は言淀(いいよど)んで、「どういうものか家がウマくいかない……僕の考えでは、お雪は生家(さと)へ帰した方が可いかと思うんです」「しかし、兄さん」と直樹は涙ぐんだ眼をしばたたいて、「それでは姉さんが可哀想です。もし、そんなことにでも成れば、一番可哀想なのは房ちゃんじゃ有りませんか」「房(ふう)は可哀想サ」と三吉も言った。 長いこと二人は悄然(しょんぼり)として、言葉もかわさずに庭を眺めていた。 お雪は食事の用意が出来たことを告げに来た。それを聞いて、直樹は起(た)ちがけに、三吉に向って、「ああ――私のように弱い者は、今のような御話を聞くと、最早何事(なんに)も手に付ません。私は実に涙もろくて困ります――」「まあ、行って飯でもやりましょう」と三吉も立上った。「兄さん、兄さん、真実(ほんとう)に考え直してみて下さい」 こう言って、直樹は三吉の後を追った。 直樹は三吉夫婦と一緒に食卓に対(むか)っても、絶間(とめど)がなく涙が流れるという風であった。その晩は三人とも早く臥床(ねどこ)に就いたが、互におちおち眠られなかった。直樹は三吉と枕を並べてしくしくやりだす。お雪もその同情(おもいやり)に誘われて、子供に添乳(そえぢ)をしながら泣いた。この二人の暗いところで流す涙を、三吉は黙って、遅くまで聞いた。 頑固(かたくな)な三吉が家を解散すると言出すまでには、離縁の手続、妻を引渡す方法、媒妁人(なこうど)に言って聞かせる理由、お雪の荷物の取片付、それから家を壊した後の生活のことまでも想像してみたので、一度それを口にしたら、容易に譲ることの出来ないという彼の心も、いくらか和(やわら)げられたような日が来た。「君の志は有難い――まあ、僕もよく考えてみよう」こう三吉は直樹に言って、それから復た学校の方へ出掛けたが、帰って来てみると、曾根からの葉書が舞込んでいた。彼女も避暑地を発(た)つ、奥様へ宜敷、房子様へも宜敷、と認(したた)めてあった。三吉から出した手紙は東京へ宛てたので、未だ曾根は知る筈(はず)がない。そんな手紙が待つとは知らずに、彼女は帰京を急ぐのであった。 到頭、三吉も譲歩した。家の解散も見合せることにしたと言出した。それを聞いて、お雪はホッと息を吐(つ)いた。直樹も漸(ようや)く安心したという顔付で、三吉が自分の意見を容(い)れたことを喜んだ。「姉さん、浅間の話でもしましょう」 と直樹は勇ましそうに笑ながら言った。その時に成って、三吉も登山の話をする気に成った。「一度行かない馬鹿、二度行く馬鹿」と土地の人のよく言うことなどを持出した。そして、世帯を持つからその日までのことを考えてみて、今更のように家の内を歩いてみた。 直樹の出発はそれから間もなくで有った。この青年が中学の制服を着けて、例の浅間土産を手に提げて、名残(なごり)惜しそうに別れを告げて行く朝は、三吉も学校通いの風呂敷包を小脇(こわき)に擁(かか)えながら、一緒に家を出た。「直樹さん。左様なら」 とお雪は子供を抱いて、門口のところまで出て見送った。 停車場で直樹に別れた三吉は、直ぐその足で軌路(レール)の側(わき)を通って、学校へ廻った。日課を終った後、三吉は家の方へ帰ろうとして、復た鉄道の踏切を越した。その時は城門の前を横に切れて、線路番人の番小屋のある桑畠のところへ出た。番人は緑色の旗を示しながら立っていた。暫時(しばらく)三吉も佇立(たたず)んで眺めた。轟然(ごうぜん)とした地響と一緒に、午後の上り汽車は三吉の前を通過ぎた。「直樹さんも行って了った。曾根さんも行って了った」 こう三吉は思いやった。 ぼっぼっと汽車が置いて行った煙は、一団(ひとかたまり)ずつ桑畠の間を這(は)って、風の為に消えた。停車場の方で、白い蒸気を噴出す機関車、馳(か)けて歩く駅夫、乗ったり降りたりする旅客の光景(さま)などは、その踏切のところから望むことが出来る。やがて盛んな汽笛が起った。「直樹さん、左様なら」 と三吉は朝一番で発った人のことを思出して、もう一度別れを告げるように口の中で言ってみた。汽車は出て行った。三吉は山の上に残った。     七 一年経った。三吉は沈んで考えてばかりいる人ではなかった。彼の心は事業(しごと)の方へ向いた。その自分の気質に適した努力の中に、何物を以(もっ)ても満(みた)すことの出来ない心の空虚を充(みた)そうとしていた。 彼が探していた質実な生活は彼の周囲(まわり)に在った。先(ま)ず彼は眼を開いて、この荒寥(こうりょう)とした山の上を眺(なが)めようとした。そして、その中にある種々(いろいろ)な物の意味を自分に学ぼうとしていた。 お雪も最早(もう)家を持ってから足掛三年に成る。次第に子供も大きく成った。家には十五ばかりに成る百姓の娘も雇入れてあった。年寄の居ない三吉の家では、夫婦して子供を育てるということすら容易でなかった。 丁度三吉は学校の用向を帯びて出京した留守で、家では皆な主人の帰りを待侘(まちわ)びていた。「今晩は」 こう声を掛けて、近所の娘達が入って来た。この娘達は、夕飯の終る頃から手習の草紙を抱(かか)えて、お雪のところへ通って来るように成ったのである。「何卒(どうぞ)、お上んなさいまし」とお雪は入口の庭の方へ子供を向けて、自分も一緒に蹲踞(しゃが)みながら言った。「まあ、房ちゃんの肥っていなさること」と娘の一人が言った。 他の娘も笑いながら、「房ちゃん、シイコが出ますかネ」 お房は半分眠っていた。お雪は子供の両足を持添えて、「シ――」とさせて、やがて自分の部屋の方へ連れて行った。 子供の寝床は敷いてあった。お雪が寝衣を着更えさせていると、そこへ下婢(おんな)は線香の粉にしたのを紙に包んで持って来た。お房は股擦(またずれ)がして、それが傷(いた)そうに爛(ただ)れている。お雪は線香の粉をなすって、襁褓(むつき)を宛(あ)てて、それから人形でも縛るようにお房の足を縛った。 お雪が横に成って子供を寝かしつけている間に、近所の娘達は洋燈(ランプ)の周囲(まわり)へ集った。下婢も台所を片付けて来て、手習の仲間入をさして貰った。ともかくもこの娘は尋常科だけ卒業したと言って、その前に雇った下女(おんな)のように、仮名の「か」の字を右の点から書き始めたり、「す」の字を結(むすび)だけ書き足すようなことはしなかった。 しかし、この下婢(おんな)は性来読書(よみかき)が嫌(きら)いと見えて、どんなに他の娘達が優美な文字を書習おうとして骨折っていても、それを羨(うらや)ましいとも思わなかった。お雪が起きて来て、ヨモヤマの話を始める頃には、下婢も黙って引込んでいない。無智な彼女はまたそれを得意にして、他の娘達よりも喋舌(しゃべ)った。 お房を背負(おぶ)って町へ遊びに行った時、ある人がこんなことを言ったと言って、それを下婢が話し出した。「教師の赤にしては忌々(いめいめ)しいほどミットモねえなあ――赤もフクレてるし、子守もフクレてるし、よく似合ってらあ」 お雪も他の娘も笑わずにいられなかった。「明日はこちらの叔父さんも御帰りに成りやしょう」 と娘の一人が言った。お雪はこの娘達を相手にして、旅にある夫の噂(うわさ)をした。 東京から三吉は種々な話を持って帰って来た。旅に出て帰って来る時ほど、彼も家を思い妻子を思うことはなかった。「房ちゃん、御土産(おみや)が有るぜ」 と三吉は旅の鞄(かばん)をそこへ取出した。「父さんが御土産を下さるッて。何でしょうね」とお雪は子供に言って聞かせて、鞄の紐(ひも)を解(と)きかけた。「まあ、この鞄の重いこと。父さんの荷物は何時(いつ)でも書籍(ほん)ばかりだ」 下婢(おんな)は茶を運んで来た。三吉は乾いた咽喉(のど)を霑(うるお)して、東京にある小泉の家の変化を語り始めた。兄の実が計画していた事業は驚くべき失敗に終ったこと、更に多くの負債を残したこと、銀行の取引が停止されたこと、これに連関して大将の家まで破産の悲運に陥りかけたこと、それから実の家ではある町中(まちなか)の路地のような処へ立退(たちの)いたことなどを話した。「姉さんの姉さんで、ホラ、お杉さんという人が有ったろう。あの人も兄貴の家で亡くなった」と三吉は附添(つけた)した。「宗さんはどうなさいました」とお雪が聞いた。「宗さんか。あの人は世話してくれるところが有って、そっちの方へ預けてある。今度は俺(おれ)は逢(あ)わなかった。見舞として菓子だけ置いて来た――なにしろ、お前、兄貴の家では非常な変り方サ。でも兄貴は平気なものだ」「姉さんも御心配でしょうねえ」 こう夫婦が話し合っていると、お房はそこへ来て茶を飲みたいと迫る。母が飲ませてやると言えば、それでは聞入れなかった。なんでもお房は自分で茶椀(ちゃわん)を持って飲まなければ承知しなかった。終(しまい)には泣いて威(おど)した。「未だ独(ひと)りで飲めもしないくせに」 と言って、お雪が渡すと、子供は茶椀の中へ鼻も口も入れて飲もうとした。皆なコボして了(しま)った。「それ、御覧なさいな」とお雪は※子(ハンケチ)を取出した。「ア――舌打してらあ。あれでも飲んだ積りだ」と三吉が笑う。「この節は何でも母さんの真似(まね)ばかりしてるんですよ。母さんが寝れば寝る真似をするし、お櫃(ひつ)を出せば御飯をつける真似をするし――」「どれ、父さんが一つ抱ッこしてみてやろう――重くなったかナ」と三吉は子供を膝(ひざ)の上に載せてみた。 お房の笑顔(えがお)には、親より外に見せないような可憐(あどけな)さがあった。「兄貴の家を見たら、俺もウカウカしてはいられなく成って来た」 こう三吉が言って、子供をお雪の手に渡した。「房ちゃん」と下婢はそこへ来て笑いながら言った。「父さんに股眼鏡(まためがね)してお見せなさい」「止(よ)せ、そんな馬鹿な真似を」 と三吉が言ったが、お房は母の手を離れて、「バア」と言いながら後向に股の下から母の顔を覗(のぞ)いた。「隣の叔母さんが、房ちゃんの股眼鏡するのは復(ま)た直に赤さんの御出来なさる証拠だッて」 こう下婢が何の気なしに言った。三吉夫婦は思わず顔を見合せた。 夫婦は眠い盛りであった。殊(こと)に三吉が旅から帰って来てからは、下婢まで遅く起きるように成った。どうかすると三吉の学校へ出掛けるまでに、朝飯の仕度の間に合わないことも有った。 朝の光が薄白く射して来た。戸の透間(すきま)も明るく成った。一番早く眼を覚(さま)すものは子供で、まだ母親が知らずに眠っている間に、最早(もう)床の中から這出(はいだ)した。 子供は寝衣のままで母の枕頭(まくらもと)に遊んでいた。お雪は半分眠りながら、「ちょッ。風邪(かぜ)を引くじゃないか」 と叱るように言って、無理に子供を床の中へ引入れた。お房は起きたがって母に抱かれながら悶(もが)き暴(あば)れた。 水車小屋の方では鶏が鳴いた。洋燈は細目に暗く赤く点(とぼ)っていた。お雪は頭を持上げて、炉辺(ろばた)に寝ている下婢を呼起そうとした。幾度も続けざまに呼んだが、返事が無い。「ああああ、驚いちまった」 お雪は嘆息した。この呼声に、下婢が眼を覚まさないで、子供が泣出した。「ハイ」 と下婢は呼ばれもしない頃に返事をして、起きて寝道具を畳んだ。下婢が台所の戸を開ける頃は、早起の隣家の叔母(おば)さんは裏庭を奇麗に掃いて、黄色い落葉の交った芥(ごみ)を竹藪(たけやぶ)の方へ捨てに行くところであった。「どんなにお前を呼んだか知れやしない……いくら呼んだって、返事もしない」 こうお雪が起きて来て言った。 暗い、噎(む)せるような煙は煤(すす)けた台所の壁から高い草屋根の裏を這って、炉辺の方へ遠慮なく侵入して行った。家の内は一時この煙で充(み)たされた。未だ三吉は寝床の上に死んだように成っていた。「最早、起きて下さい」 とお雪が呼起した。三吉は眠がって、いくら寝ても寝足りないという風である。勤務(つとめ)の時間が近づいたと聞いて、彼は蒲団(ふとん)を引剥(ひきは)がすように妻に言付けた。「宜(よ)う御座んすか。真実(ほんと)に剥がしますよ――」 お雪は笑った。 漸(ようや)く正気に返った三吉は、急いで出掛ける仕度をした。その日、彼は学校の方に居て、下婢が持って来た電報を受取った。差出人は東京の実で、直に金を送れとしてある。しかも田舎(いなか)教師の三吉としてはすくなからぬ高である。前触(まえぶれ)も何もなく突然こういうものを手にしたということは、三吉を驚かした。 兄弟とは言いながら、殆(ほと)んど命令的に金の無心をして寄した電報の意味を考えつつ三吉は家へ帰った。委(くわ)しいことの分らないだけ、東京の家の方が気遣(きづか)わしくもある。とにかく、兄の方で、よくよく困った場合ででもなければ、こんな請求の仕方も為(す)まいと想像された。そして、小泉の一族の上に、何となく暗い雲を翹望(まちもう)けるような気がした。 三吉は断りかねた。と言って、余裕のあるべき彼の境涯でも無かった。お雪もそれを気の毒に思って、万一の急に備えるようにと名倉の父から言われて貰って来た大事の金を送ることに同意した。三吉は電報為替(がわせ)を出しに行った。

0 Comments:

Post a Comment

<< Home